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バレーボールと歌
歌好きな管理人TE2としましては、バレー ボールにまつわる曲ってけっこう思い出に残っています。
今、10月ですが、大体11月頃はいつもバレーボールの世界大会が行われることが多いですね。
ワールドカップは一番有名ですが、かつて世界選手権やアジア選手権なども行われて来ました。
時期を変えれば、今年は5月から6月にかけてワールドグランプリも行われましたし、そういえば、ジャパンカップ(競馬じゃありませんよ〜笑)なんて大会も ありました。
江上さん
(懐かしい 現丸山)らが引退した後新生全日本 のキャプテンとして
石田京子さん
が頑張ってました。懐かしい〜
そして、かなり昔、まだ日本がバレー王国と呼ばれていた頃、日本チーム(特に女子)は必ず金が銀のメダルをとっていて、テレビのバレー中継もかなりの視 聴率を獲得していました。
それが、自然と日本チームが・・・というよりバレー人気の衰退に伴い、キャラクターというかイメージソングというのが起用されるようになりました。
一番最初、85年のワールドカップでは、
松田聖子さんのTouchMe
が イメージソングとして起用されました。
彼女自身が出演することはありませんでしたが、番組中常に流れていましたね。その前81年の時には日本は銀メダルでしたが、番組のテーマミュージックはそ のままスポーツニュースのテーマとして長年使われましたね。
そして、本格的にバレーの中継がショーアップして・・というか、バレーだけではなく当時の人気アイドルを起用して番組としての視聴率稼ぎ?となった最初の 大会は89年のバレーボールワールドカップからですね。当時人気絶頂の
Wink
を 起用。
Winkが歌った曲は「
Special To Me
」という曲。およ そバレーとは全く無関係の衣装で歌自体カバーソングでありました。
歌の意味としましては、「私だけの特別なあなた」という意味合いの曲、素敵なあなたの姿を見せてね・・なんていう曲です。
これはシングルとしての発売はありませんでした。上の写真にありますようにアルバムTwinMemoriesの中の1曲でした。
この曲聴きたさに後々レンタル落ちのこのCDを買いました。
そして次に印象に残っているのは95年ワールドカップ。
V6
のデビュー作となった
MUSIC FOR THE PEOPLE
がテーマソングとして起用され、以前 にも増して番組自体もショーアップされたバレーのコートを見るにつけ最初「な・な・なんじゃ〜」と驚嘆した。こんなことせんとバレーの試合には人が集まら なくなったんだろうか?・・と率直に思った。
V6というグループのネーミングもバレーに凄く近い印象は受けた。
でも、この曲には躍動感があって、バレーのコートで懸命に頑張る選手たちの姿が目に浮かぶようであった。
この曲はCD買ってしまいました・・ハハ。今でも聴くとあの名シーンが蘇ってきます。
この大会の時にはあの名セッター「
中西千枝子さん
」がキャプテンとし て大活躍。
大林素子さん
(僕と同じ年です)も現役で大活躍であった。 監督はあの名監督「
小島孝治
」氏
しかし、レフトエースが安定せず、ココ!というところで決め手に欠けるのか大会を通じて残念な結果になった。
全日本のエースセッターといえば今でも語り継がれる
中田久美
さんがい るが、僕は自分もセッターをしていたのでなんとなく
中西千枝子のトスの方が好きだっ た
。派手なプレーはないが、常に丁寧にトスをあげていた。
これぞ、
直伝猫田勝敏の名人芸トスの流れ
のように感じていたのだ。し かし、この中西さんも全日本の一番苦しい時期をささえた方なのだ。
この大会はほとんどビデオに収録して見ていた。
そしてこの翌年、世界選手権が日本で開催され、テレビ局はワールドカップのフジではなくTBSであった。
今回はまたもその時人気絶頂の
SPEED
。曲は
ALL MY TRUE LOVE
。この曲もまた、番組を盛り上げるのにかなり 貢献したのではないだろうか?
この大会の時は男子のユーゴスラビア(現セル ビアモンテネグロ)の
グルビッチ兄弟
が話題をさらっていたことを思い 出す。
決勝でイタリアに負けはしたが、その後からこのチームの快進撃はシドニーオリンピックまで続くこととなる。
この決勝戦はビデオにおさめて何度も見たのだ。
他にも中西圭三さんの曲(テレ朝で放送された四カ国対抗)のテーマソングもアルバムSTEPSに収録されていたので買って聴きました。
これもまたOKな曲です。
これはバラードですが、エンディングにはもってこいの曲でした。
こんな風に歌で思い出す大会の思い出というのが、僕にはあります。大会で使用された曲はそのアーティストの好き好きに関わらず購入していました。(V6と SPEEDはバレーの大会で使用されたので買ってしまいました)
他にもオリンピックのテーマとしては2000 年の
シドニー五輪
の中継番組(NHK)で使用された
ZARD
の
Get YourDreame
が大好きでレンタルで借りてきてはダビングしてよく聴いていました。最近またよく聴いています。このシドニーの頃は上 の娘がお腹に入っているときでその時の気分とよく合って今でも思い出に残っている曲です。なんか希望の香りを感じる曲なんですよね〜
もちろん88年の
ソウルオリンピック
のときのテーマ
Heart and Soul
も印象深い曲です。
この曲を機に
浜田麻里
さんはメジャーにブレイクしましたからね〜
コレも大好きな曲です。
この大会では、引退した江上(現丸山)さんが復帰して望みましたが、惜しくもメダルには届きませんでした。
オリンピックといえば、無念の大会
モスクワ
では
ピンク・レディー
の
DO YOUR BEST
がテーマだったんですが、ご承知のように政治の力が働 いて無念のボイコット。選手たちの無念さは計り知れないものだったと思います。
バレーでいえば、このモスクワ大会でも日本の女子チームは金が狙えた大会でしたから・・・
当時バレー界の超大エースで人気者の横山樹里さんやセッターのケロこと小川かず子さんなどは本当に悔しかったでしょう。
この大会(モスクワ)の時、次のロサンゼルス大会を狙えたのは江上、三屋、広瀬らわずかな人数しかいませんでしたからね。
しかし、この時から4年後のロサンゼルスでは世界のバレー情勢は一転。
81年のワールド・カップで王者の座を新しく表れた強豪中国に奪われてから、メダルの希望も遠のいていった。
ロスではかろうじて銅を獲得し、バレー王国日本の名前はなんとか守った。しかし、それから後はまったくメダルどころの話ではなくなってしまった。
だからこそのショーアップ。のように感じた。
しかし、最近の女子バレーはホント強くなった気がする。まだまだメダルまでは?という気もするが、見ていて面白い。面白いということは強くなったからであ ろう。
ちょっと余談であった(笑)
しかし、オリンピックやらバレーの大会やらに使われた曲というのはそれぞれ前向きなSTEPの要素をたくさん含んでいる。
この曲たちを聴くにつけ、心の中が躍動感でいっぱいになり、またがんばろう!という気持ちにさせてくれるのだ。
2005年10月29日 記
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